公言のできぬ秘めたる逢瀬、命を懸けて愛し合う二人の物語
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公言のできぬ秘めたる逢瀬、命を懸けて愛し合う二人の物語 (ページ 1)
「では…また…」
「はい…」
今日も引き止められなかった
重厚な蔵の扉が彼女の背中を隠すようにして重くガタリと閉まる
静寂を取り戻した蔵の中で僕は寝返り
数え切れないほどの書物に埋もれながらぼんやりと天井を眺めていた
彼女のカラダから香る白檀香にむせかえるほどの官能を覚えて
僕は全てを奪うように抱いた
こんなことがもう半年も続いている
僕の愛した人は兄のモノ…
僕の知らない彼女が
別の場所で愛されているのを知りながら
彼女のほんの少しの心の隙間につけ込んで卑怯を働く
「紫乃…」
僕を見つめる彼女の瞳に僅かに浮かぶ潤しいほどの熱
その熱い視線に縋ることで許しを得ている気がした
何もかもを溶かしたくて…
どうか彼女が僕だけを愛してくれますようにと心の中だけで願う
「…帰らないで」
そう小さく呟いて
腕を掴むことを躊躇った自分の左手に嫌悪を向けながら
僕は甘い香りに濡れた布団に顔を埋めて瞼を閉じた
* * * * * *
あなたは決して私を引き止めてはくれない
それは私があなたの『姉』だから
親同士が決めた結婚は残酷だった
由緒ある家柄の嫁として夫に仕え
後継ぎを産むことだけが使命の毎日に心が削れ
深く暗い海底から光を求めて
私は優しいあの人の手を迷うことなくこの手で取った
許されない恋と知りながら
私を見つめる憂いだ瞳に縋り
熱く滾るあの人の熱を奥で受け止めて
柔らかな微笑みに全てを委ねて…
許しを請うことも忘れ激しく求め合ったカラダは
そう簡単には冷めてはくれず今もなお芯が疼いた
「博文様…」
いっそあなたとひとつになりたい
ひとつに溶け合って
何もかもを捨ててどこか遠くに行ってしまいたい…
一人先に出た蔵の前で胸に手をあて
愛しい人の名前を何度も呼んだ後で私は固く唇を結び
着物の乱れをもう一度整えてから夫の待つ母屋へと重い足を運んだ
* * * * * *
近代化と西洋化が著しい幕末から明治にかけての維新の時代に生きる一人の男と女
そんな時代だからこそ
愛し合う二人は決意する
道徳に背き罪を犯し
運命に抗うことを―――
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