ただ毎日ガラス越しに見ているだけだった気になる人と夢のような時間。

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ただ毎日ガラス越しに見ているだけだった気になる人と夢のような時間。 (ページ 1)

大学が終わると、私は遠回りをしてから電車に乗って帰る。百貨店のショーウィンドウの前をわざと通り過ぎるために。

 オレンジ色の暖かい照明に照らされた店内にいる彼の顔を見るのが、私の日頃の癒しだった。

 お店に入る勇気はなくて、店の前で足を止めたのも最初の一度だけ。紳士靴売り場で優しく微笑みながら接客している彼が偶然目に入って。彼が上品なお辞儀をしてお客様を見送った後、ガラス越しに目が合った。

 勘違いだったかもしれない。でも、その時から私は彼が気になって仕方ない。

 今日もまた、ショーウィンドウの前を歩くスピードを緩めて通る。しかし、彼の姿は見当たらなかった。

(今日はいないのかな。あ、でも、もしかしたらバックヤードとか……)

 いつもならそのまま帰るのに、どうしても気になった私は引き返す。

(もう一回だけ、もう一回だけ)

 そう思い、ショーウィンドウを覗くと、レジ奥の扉から出て来た彼とばっちり目が合ってしまった。彼は驚いた顔をした後、すぐに笑顔になって口をパクパクと動かす。

(ん? 待ってて……!?)

 何かの思い違いかと思った。「でも、もしかしたら……」という誘惑にまた私は負ける。

――その選択は正しかった。

 その日、彼――コウさんは私をレストランに連れて行ってくれた。彼は思った通り紳士的で、おしゃべりも上手く、緊張していた私の心をすぐに溶かしてくれた。

 ただ窓越しに見つめるだけだった人が目の前にいる。その事実が、お酒の心地いい酔いと相まって足が宙に浮いているようなフワフワした感覚にさせられる。

「コウさんっていくつなんですか?」

「27だよ」

「あ、もう少し上なのかと思ってました」

「あー、よく上に見られるんだよね」

「雰囲気が大人っぽいから」

「おじさんっぽいじゃなくて?」

「え、全然そんなことないです。素敵な人ですっ」

 少しむきになって返した私に、コウさんは「それは嬉しいね」と優しく目を細めた。

「ちなみに素敵な男だともっと嬉しいんだけど」

 そう言われて、心臓がドクンと大きく跳ねる――。

 コウさんの少し危険な大人の余裕を含んだ色香にすっかり私は吸い寄せられてしまっていた。

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