絵画教室の先生の言葉責めと絵筆の悪戯に、私の体が言うことを聞かなくなってしまう (ページ 2)
当日、会場近くの駅で待ち合わせ。何を着ていくか散々悩んだ千尋は、白のワンピースと、ベージュのパンプスを合わせて、いつものカジュアルとは全く違う感じにした。
先に到着していた太田先生が、遠慮気味に手を振って千尋を迎える。
「おはようございます。なんかいつもと違ってドキッとしますね」
「おはようございます。私もです」
太田先生はTシャツに紺色のジャケットを羽織り、いつものふんわりした感じではなく、かちっとした紳士の印象だ。千尋は今日の太田先生のコーディネイトも好きだった。
まさに大人のデート感が増した気がして、心が躍る。
「行きましょうか」
「はい」
早速二人は美術館へと急いだ。
美術館がこんなに混んでいるのに千尋は驚いた。年齢層は様々だが、入口から列が出来ていた。
「千尋ちゃん、僕から離れないでね」
「えっ?は、はい」
太田先生が、千尋の名前をちゃん付けでさらっと呼んだ。それは、嬉しいサプライズだ。思わずにやけそうになるのをぐっとこらえ、千尋は太田先生の後に続く。
「この絵はね…」
長身の太田先生が千尋に説明をするたびに、二人の距離が近付く。
愛だとか、権力だとか、ヨーロッパの歴史と絵画の繋がりは何となく聞いたことはあるけれど、その場の雰囲気がエロスに溢れているようで、千尋は太田先生の顔が迫るたびにどきどきしていた。
「この女性、じっと見てるでしょ。看守の体を」
「本当ですね。女性が誘うのは何となく生々しいです」
「でも、きっとそういうのが官能の世界なんじゃない?千尋ちゃんにとって官能とは?」
「えっ、官能ですか?」
そんな質問を受けたこともないし、正解がわからない。ただ、美術館という場所は、こういった会話がとても似合う場所だと千尋は思った。
「お互いの眠っている欲望を覚醒させるなにか…、でしょうか」
「なるほど…。興味深いね、とても」
太田先生は真剣な表情で千尋の答えを聞いていた。大人の余裕と、芸術家の魅力に千尋はすっかりはまっていたのかもしれない。
あっという間に二人は一時間半以上も絵画の世界を堪能していた。
「先生、ありがとうございました。本当に楽しかったです」
「退屈しないでよかったよ。食事でも行こうか」
「はい」
優柔不断な千尋には、太田先生のこの誘い方が心地よい。二人はそのまま近くのイタリアンレストランに入り、食事を楽しんだ。
「先生は今、何か作品を仕上げているんですか?」
「今はね、油絵を描いてるんだ。個展があるわけではないんだけど」
「油絵ですか。凄いなー。絵の具のいい匂いがしそうですね」
「絵の具の匂い?いい匂いなのかな。じゃあ、嗅ぎに来てみる?」
「はい、ぜひ」
下心はなかったと思う。千尋もその時は単純に絵の話が盛り上がったぐらいに思っていた。まさか絵画教室の先生と、あんな風に始まってしまうなんて思ってもいなかったのだ。
太田先生の家が近付くにつれ少しずつ緊張はしていたが、あくまで生徒が先生のプライベートを覗くことへの緊張でもあった。
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