せっかくの旅館泊まりなのに手を出してくれない、年上彼氏を精一杯『お誘い』する話

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せっかくの旅館泊まりなのに手を出してくれない、年上彼氏を精一杯『お誘い』する話 (ページ 1)

今日は、彼氏であるアオイさんと泊まりがけで旅館に来ている。お付き合いを始めて半年…「そういうこと」を期待しても早くはない時期に差し掛かってきたのではなかろうか。

 豪勢な部屋食に舌鼓を打ち、それぞれ男女別の温泉で疲労を癒して、入浴している間に用意された布団へ入り、さぁいよいよと胸を高鳴らせた直後――

「ミドリ、今日は一日お疲れ様。おやすみ」

 信じられない言葉が、頭上から聞こえてきた。
 私が言葉を失っていると、そのままアオイさんは何食わぬ顔で電灯の紐を引っ張り、パチッと音がして光が一段階弱まる。

「あの…アオイさん…」

 おずおずと、私は掛け布団を握りしめながらアオイさんを見上げた。

「ん? なぁに?」

 いつもの優しい声音。こんな絶好の機会に何も感じてくれていないのかと、今はかえって悲しかった。

「その…もう、寝てしまうんですか」

 薄明かりでも、ハッキリとアオイさんの目が見開かれたのがわかった。ひと回りとまではいかないけれど、私よりもずっと年上の彼なら、先ほどの不慣れな「誘い文句」でも十分に意図は気付いたはずだ。
 
「こら、どこでそんな言葉覚えてきたの?」
 
 そう言いながら、アオイさんは私の頬に手を添えて、親指でそっと撫でる。火がついてくれたのかな…と思いきや、ほっぺやら頭やらをひとしきり撫でた後、さっさと布団に潜ってしまった。
 
「おやすみぃ」
 
 くぐもった声で、寝る挨拶がもう一度聞こえてくる。
 胸がチクチクするのを感じながら、私も布団に入った。
 
「…おやすみなさい」

 

*****

 アオイさんとの最初の出会いは、私が大学に入学したての頃にお世話になったバイト先だった。上京してきて右も左もわからない状態の私に、ずいぶんと親切にしてくれたのが、そこの社員であったアオイさんだ。

 年が離れていたことや、バイトと社員同士ということもあって、ずっと思いを伝えることを躊躇してしまっていた。そんな中で1年あまり経ったとき、私の20歳の誕生日祝いだと言って、アオイさんはデートに誘ってくれたのだ。
 
 お酒でも飲まされるのだろうかと思っていたけれど、アオイさんは夕方になる頃にはデートを切り上げ、そのうえ家まで丁重に送り届けてくれた。その紳士ぶりにますます惚れた甘酸っぱい思い出は、昨日のことのように覚えている。

 
 ――でも。今思えば、アオイさんにとって私は幼すぎるのかもしれない。少し大きな年の差があるとはいえ、アオイさんだってまだ20代だ。その…欲だって、全く無いわけではないと思う。
 
 普通に、私に魅力がないんだろうか。
 落ち込む気持ちとは裏腹に、お腹だけは疼いたままで。
 明日、アオイさんにどんな顔して接すればいいの…。
 
 

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