お嬢様…―そう声を掛けてくる眼前の男に私は跨がりゆっくりと腰を落とす (ページ 5)
* * * * * *
「……本当にお屋敷を去ってしまわれるんですか?」
互いの息が休まる頃、結城が私の顔を覗きこむ。
そこには、私を責める凶暴で蠱惑的な瞳はない。
ただ切なそうにこちらを見つめている……。
「最初から、この家に私の居場所なんてなかったじゃない」
この屋敷に住まう家族の中で、唯一血のつながりがあるのは先日亡くなった祖父のみだった。
愛人と駆け落ちして屋敷を去った母が、私をこの家に残して十年。
私は従姉弟の誰とも馴染めず、遠縁の私を家に置いておく必要が亡くなった以上、私への風当たりは一層厳しいものになる。
私は就職を皮切りに、屋敷を離れる。
それを、最初に伝えたのが、結城。
「あなたはもう、私に仕えることはないのよ。でも、もうこれでこの家との心残りは……」
「あなたは、これで終わり、みたいな言い方をするんだな」
「え?」
戸惑いと、どう返答したら良いかわからない、私の言葉を飲み込むように、結城は私の唇を塞ぐ。
「俺はあなたを、離す気はない。言っただろう。あなたを愛したいと。あとは、あなたがそれを受け止めるだけのことだ」
胸の奥からじんわりと暖かいものが広がる。
私は、結城に、返事の変わりのキスをした。
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