揺れる移動販売車はクレープ屋さん。白い生クリームをたっぷり添えて

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揺れる移動販売車はクレープ屋さん。白い生クリームをたっぷり添えて (ページ 1)

大学生の美月はスイーツ好きがこうじて、とうとう憧れのクレープ屋さんでアルバイトを始めることにした。

ただし、美月の見つけたクレープ屋さんは、普通とはちょっと違っていた。

街角にある店ではなく動くお店。移動販売車のクレープ屋さんだったのだ。

移動販売車のオーナーは佐藤といい、新人アルバイトの美月をかわいがり、喜んで指導してくれた。

小さな移動販売車を1台持っているだけの佐藤だったが、言うことは大きく、将来は移動販売車をチェーン店化し、そのうちの1台を、いつか美月に任せてやると豪語するのだった。

佐藤にクレープの焼き方を教わると、いやらしい視線が自分の体をなめまわすように這いまわり、何かと理由をつけては胸や、お尻を触られるので、美月はすぐにうんざりした。

自分をイケメンの実業家と勘違いしている、スケベなキモい男…それが美月の佐藤に対する評価だった。

でも、今はガマン、ガマン。クレープを上手に作れるようになったら、こんなキモメンの臭い車、さっさと出てってやるわ。

いつか、小さくてもいいから、自分だけのクレープ屋さんを開業するのが美月の夢だった。その夢の実現のためにはクレープの焼き方だけでなく、商売のノウハウも覚えたい。

移動販売車は荷室が改造され、大人が2人、並んで立てるだけのスペースが作られていた。丸い鉄板のついたガスレンジ台が据え付けられ、その横にはデコレーション用に作業台が置かれている。

レンジ台と作業台の向こうに客との対面カウンターがあり、車のスライドドアを大きく開けると、カウンターが外側に張り出す仕組みになっている。

客は、このカウンターの前にやってきてクレープを注文する。クレープは通常、注文を受けてから焼かれ、提供される。この間、僅か2~3分。慣れた人なら、生地を焼くのに1分もかからない。この生地を薄く、早く焼くのがベテランの技なのだ。この技を早く習得するのが美月のいまの目標だった。

クレープを焼く時に使う竹とんぼのような道具は、クレープトンボと呼ばれる。

難しいのはトンボの回し方で、クレープ用鉄板の真ん中に生地を垂らして中心にトンボを置いたら180度回転させ、次に、円を少しずつ大きくしながら生地を鉄板に広げる。

このとき、生地が厚すぎても薄くなってもいけない。ちょうどいい厚みで焼けるようになるまでには、長い修業が必要だ。

見習い中の美月には、クレープを焼くことは許されていない。だから当面の仕事は、佐藤の焼いた生地にフルーツやチョコレートや生クリームをトッピングすること。くるくるっと巻き、可愛らしいピンクの紙に包んだら客に渡して、代金を受け取ることだった。

いつかは自分の手でクレープを焼き、トッピングやデコレーションも全て一人でやって、お客さんに手渡したい。

その夢があるから、美月はどんなに気持ち悪いと思っていても、いつも佐藤の隣に立ち、クレープ焼きの極意を盗むべく、目を皿のようにして彼の手の動きを見つめるのだった。

「ああ、疲れた。ちょっと休憩しようか。」

長かったお客の列がようやく途絶え、佐藤は背を伸ばすと、美月に笑いかけた。

「ぼくはコーヒーでも飲もうかな。美月ちゃん、その間ちょっと練習してみる?」

「え? いいんですか?」

「ああ、いいよ。暗くなってきたし、雨が降りそうだから、もうそんなにお客も来ないだろう。」そう言うと、佐藤は運転席のほうに移動した。コーヒーのポットが置いてあるのだ。

佐藤の気が変わらないうちにと、美月はすぐさまレンジ台の前に立ち、クレープ生地をお玉ですくうと鉄板の中央に垂らした。

クレープトンボを置き、くるりと回す。

「ああん、ダメ。」思わず、うめき声が出た。

力を入れ過ぎて生地が破れてしまったのだ。

生地をくしゃくしゃに丸めて捨てると、次の生地を垂らす。

「ああ、また。…ん、もう!」今度もまた、生地はうまく広がらずに破れてしまった。美月は小声でつぶやくと、やり直した。

「白い液体をとろ~り、垂らすんだ。」いつの間にか、佐藤が美月のすぐ後ろに立って低い声で囁いた。

佐藤の息が耳にかかり、美月は背筋がぞくっとした。その距離の近さに頭の中で警戒警報が鳴り出したが、せっかくの練習の機会を逃したくないので、あえて無視することにした。

そして、生地を垂らすとトンボを手に取った。

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