私はあなただけの女。でも、あなたは彼女のもの。わかっているのに、この気持ちは止められない。
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私はあなただけの女。でも、あなたは彼女のもの。わかっているのに、この気持ちは止められない。 (ページ 1)
午後7時、行きつけのバーのカウンター席で、私はひとり、グラスを傾けていた。
珍しく、この店には似つかわしくない団体客が騒がしい。
そういえば、10年前のあの日も、こんな夜だったと思い出す。
あの時の私は、21歳の学生だった。
こういったお洒落なバーに憧れて、ドアを開けた。
店内は混んでいて、案内された席はカウンター席。
隣には、格好よくスーツを着こなした男の人がいた。
私は、学生たちの飲み会で覚えたカクテル…カシスオレンジを頼んだ。
私の方を見もせずに、隣の席の男の人が甘いテノールで言った。
「こういう場所、慣れていないんだね。学生さんかな」
何と答えていいかわからずにいると、その人は体ごとこちらに向いた。
とても素敵な人…そんな感想しか出てこなかった。
緊張してしまった私は、いつもの飲み会でしているように、カシスオレンジをあおった。
あっという間に空になったグラスを見て、その人は言った。
「この子に、同じものを」
また、カシスオレンジが出てくる。
「あの…」
「お会計、俺がするから」
その人は、バーテンダーにそう言った。
バーテンダーは飲み込んだ表情で、かしこまりましたと言った。
その人は、こちらに体を傾けて、私に話しかけた。
「この店…普段はこんなに賑やかじゃないんだよ。今度、2人きりで、静かに飲みたいな…」
さっきよりも甘い声だった。
私を酔わせたのは、2杯のカシスオレンジだったのか、その人の声だったのか。
その人は、ジャケットの胸ポケットから出して、名刺をくれた。
コースターを裏返し、万年筆のようなペンを出して、私の電話番号を書いてくれと言った。
魔法にかかったように、私はその言葉に従った。
1週間ほど経っていただろうか。
あの男の人は、夢だったのか、幻だったのか…と思い始めた頃にかかってきた、1本の電話。
あの夜に聞いた、甘いテノールだった。
言葉巧みに誘われて、私は再び、そのバーのドアを開けた。
案内された席には、その人が私を待っていた。
「来てくれて、ありがとう」
「こちらこそ…誘ってくださって、ありがとうございます」
「座って。この前と同じでいいかな?」
その時の私は、カクテル以外のお酒を知らなかった。
「俺の名前、覚えてくれた?」
苗字で呼んだ私に、妖しく微笑みかけて、その人は言った。
「博人、って呼んで欲しいな…」
「博人…さん」
「呼び捨てでいい。俺も、志穂って呼ばせてもらうよ」
カクテルよりも、少し強いお酒を勧められた。
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