真夜中の温室で罪深い逢瀬 孤独な若奥様の秘密の恋人は、夫の異母弟 (ページ1)

 ぼぉん、ぼぉん……と、玄関ホールから柱時計の音が聞こえる。

「もう、こんな時間――」

 芙由子は時計を見た。

 針は深夜二時を指している。

 夫はまだ帰宅しない。おそらくまた、外に囲う女のところに泊まるのだろう。

 夫が、金に飽かせて何人もの愛人を囲っていることは、結婚当初から承知していた。

 女学院の卒業を待たずに結婚が決まった時は、深窓のご令嬢がその美貌を見初められ、財閥当主のもとへお輿入れ、玉の輿だと騒がれもした。

 だが実際は、汚い手段で金をかき集めてのし上がった成金が、血筋と家柄以外誇れるもののない貧乏公家の娘を金で買った、典型的な政略結婚だ。

 夫が必要としていたのは芙由子の家柄だけであり、芙由子本人には最初から何の関心もなかった。

 ――もっとも、それはわたしだって同じこと。

 夫とは親子ほども年齢が離れている。

 結婚してすでに二年以上が経っているが、夫に抱かれたのは、数えるほどだ。今では、屋敷の中で顔を合わせること自体、ほとんどない。

 使用人は大勢いても、親しく口をきいてくれる人はいない。

 緑ゆたかな広い庭、数寄屋造りの母屋と洒落た擬洋館の離れ。絵に描いたような豪邸の中で、芙由子はずっと一人きりだった。

 アールデコ調の離れの二階に与えられた自室にこもり、ただぼんやりと庭を眺めるだけの日々。
 
 
 今日も、そうだ。

 退屈と孤独が澱のように体の中へ重く溜まっていくみたいで、息苦しくて眠れない。

 真夜中の屋敷は、しんと静まり返っている。

 そんな中、芙由子はそっと自分の部屋を出た。

 長い廊下を足音を忍ばせて抜け、階段を降りる。一階の端にあるサンルームから、直接庭へ出られるのだ。

 天井まである仏蘭西窓を開けると、さあっと冷たい夜の空気が流れ込んできた。

「寒う……」

 思わず声が出る。

 白地に藍で朝顔を描いた浴衣にしごきの帯をゆるく締めただけの恰好では、さすがに冷える。

 だが芙由子は構わず庭へ出た。

 母屋から見渡す庭は回遊式の日本庭園だが、離れを囲む裏庭は英国風だ。木々は迷路のようにうっそうと茂り、その陰には硝子の温室もある。

 温室では、南国から取り寄せた珍しい植物が季節ごとに花を咲かせているという。

 その花々を、夫が愛でているという話は聞いたことがない。

 所詮、ただの見栄なのだ。立派な書斎を構え、壁一面の書棚にずらりと本を並べていても、実際は一頁も読んだことがないのと同じだ。

 ――わたしも、一緒ね。

 由緒正しい名家の娘を妻にした、という事実があれば、あとはどうでもいい。結婚式のあとは、ほったらかしだ。

 ――でもわたしは、並べられてるだけの本や、樹や花とは違う。

 生い茂る木々の中を抜け、硝子の温室の扉を開ける。

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