無理矢理強いお酒を勧められていた私を助けてくれたのは、バーのマスター。翌日、バーにお礼を言いに行った私は、マスターの前で素直な自分をさらけ出して・・。 (ページ1)

今夜の雨は、嫌な雨だ。
仕事を終えて、駅まで歩き始めた私を追いかけてきたのは、取引先の課長さんだった。
半ば強引にバーに誘われ、断りきれずにこの店に来てしまった。私の企画した商品を販売にこぎつけるには、課長さんに認められる必要がある。そう思ったものの、ここまで来て、後悔している。

でも、ここは以外と雰囲気のいい店だ。マスターの穏やかな物腰も、雨で冷えた身体を温めてくれそうな気がした。

(課長さんさえいなければいいのに。)
 
 そう思いながら、ため息をつく私を尻目に課長さんは自慢げに、ワインを飲んでいる。
 
「この店、雑誌で見つけたんだ。いいだろ?」。

私は、課長さんの傲慢な態度に、内心うんざりしながら乾杯した。

 適当なところで、退屈な自慢話を切り上げると、私は化粧室に入った。
 元々お酒は強くない。洗面台の鏡の前でため息をつきながら「ほどほどのところで、適当な理由をつけて帰ろう」と決心した。
ところが、カウンターに戻ると、私の席には新たなカクテルが置かれていた。

 「これは、私の驕りだから呑みなさい」
 「あ・・・でも私、お酒あまり強くなくて。これ以上は結構です。」
 「目上から奢られたときは、社会人なら付き合うものだよ。」

渋々、グラスに手を伸ばして、カクテルを口に含んだ。

(あれ?アルコール入ってない?)

私の顔色が変わらないのをみて、課長さんはがっかりしたような表情を浮かべて、更にもう1杯進めてきた。

「ははは・・・君、意外と強いんだね。もっと呑んだらいいじゃないか。」
どうせ、酔わせてホテルにでも連れ込むつもりなんだろう。
呆れながら、マスターが作ってくれたノンアルを口に運ぶ。
暫く飲んでいるうちに、課長さんは酔いつぶれてカウンターに突っ伏し、眠ってしまった。
課長さんがいびきをかき始めた瞬間、マスターが声をかけてきた。

「よくいるんだよね。若い女の子を酔わせて、ホテルに連れ込もうとするおっさん。」
「あっ・・・。さっきのお酒、アルコール入ってなかったのって・・」
「潰されたら困るでしょ?タクシー呼んであげるから、今のうちに帰ったら?」
「ありがとう。」

翌日の夕方、私は仕事を終えるとデパ地下で買ったケーキを手に、課長さんと呑んだBARを訪れた。ドアには「準備中」の看板がかかっている。

ふとお店の横に視線を送ると、小さな軽の車が停まっていた。
私は、そっとドアを開けて、お店の中を覗きこんだ。

 カウンターに灯りがついていて先日、私を助けてくれたバーテンダーが開店の準備をしていた。ドアが開いたことに気づいたバーテンダーは、私の方に目を向けた。

 「あ・・・この間の・・・。」

ドアを開けて店内に入った私は、カウンターにケーキの箱を置いた。

「先日は、助けてくれて、ありがとう。」
「わざわざ良かったのに。」

「いえ、本当に助かったし。折角だから食べてください。」 
「・・・気を使わせて、悪いね。紅茶出すから、ここに座って。」

カウンターに座った私の前に、さっき買ってきたケーキと一緒に紅茶が差し出された。

 「俺は、これから仕事だから、後で貰うね。」
 マスターは、自分の分のケーキを冷蔵庫にしまった。

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