冴えない私。でも真っ赤なハイヒールを履くと、ドMな店員は熱い視線で私を見つめてきた。

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冴えない私。でも真っ赤なハイヒールを履くと、ドMな店員は熱い視線で私を見つめてきた。 (ページ 1)

真っ赤なハイヒールを買おう。こぼれそうな涙をこらえて私は歩いた。

 その昔、キャリアウーマンと呼ばれて有能だった母は、いつも暗めのスーツに真っ赤なハイヒールを履いて出社していた。とてもかっこよかった。会社の男どもは母に心酔して、いつも母の尻を追いかけていたそうだ。母はそれを面白がって、男をとっかえひっかえしていた。

 私はキャリアなんてどこかに置き忘れてきた仕事のできない女だ。男にだって縁がない。女としての魅力もない。今日の失敗でクビにならなかったのが嘘みたいだ。

 でも、真っ赤なハイヒールを履けば、私も母のようになれる気がして、すがる気持ちで高級店に足を運んだ。

「いらっしゃいませ」

 上品な店員が、重そうなガラス扉を開けてくれた。丁寧に頭を下げる彼は、いかにも高級そうなスーツに、隙のない物腰だ。きっちりと撫でつけた髪は、触ったらきっとサラサラだろう。そして、もちろん靴はピカピカに光っている。

 私は慣れない高級店の雰囲気に思わず唾を飲んだ。だが、店員は礼儀正しく、優しい微笑を浮かべて私を招いてくれる。胸の名札には『高坂』とあった。

「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」

 そう言って高坂さんはそっと半身を引いた。とたんに視界がひらけて、高級店のプレッシャーが私に襲いかかってきた。広くきらびやかなフロアに、控えめな量の靴が展示されている。全部見終わるのに五分とかからないに違いない。

 ぐるりと見まわしてみると、色どりは最近の流行なのか、黒が多い。あとは金色と、クリスタルのビジューで埋め尽くされた透明な靴。

 赤い靴がない。必死の勇気を振り絞ってやってきたのに、求める物はなかった。私はうろたえてきょろきょろと視線を動かした。

「奥にも商品がございます。こちらのカタログでお好みを伺えましたら、お持ちいたします」

 黒革のアルバムにずらりと並んだ靴の写真。高坂さんが一枚ずつページをめくってくれる。欲しいものは、すぐに見つかった。真っ赤なエナメルのハイヒール。靴底は黒で、シャープな印象だった。

 その写真を指さすと、高坂さんは「どうぞこちらへ」と店の奥のスペースに私を導いた。カーテンで仕切られた半個室の試着室が3部屋ある。高坂さんは一番奥の部屋に私を通した。

 豪華なひじ掛けのついた一人がけのソファに、足を置くためのオットマンもついている。

「ただいま、お持ちいたします」

 高坂さんはカーテンを閉めて出ていった。くつろげと言われても、なにもかもが高級なこの場所では緊張するしかない。身を硬くしてソファの端っこに座って待った。

「お待たせいたしました」

 戻ってきた高坂さんが、布張りのトレーに載せた真っ赤なハイヒールを私に差し出す。

「どうぞ、足をお上げください」

 高坂さんに促されて、靴を履いたままの片足をオットマンに上げた。高坂さんは、ガラス細工を扱うように繊細な手つきで私の靴に触れる。

 私の唯一の獲り得である美しい形の足を、高坂さんの手が優しく支えると、靴は滑るようにするりと取り払われた。

「どうぞ、そちらも」

 言われるままに、もう片足もオットマンに乗せると、すぐに靴を脱がされ足が軽くなった。高坂さんに触れられただけで疲労が消えていくようだ。

「では、こちらをお試しください」

 高坂さんが私の左足首を持ち上げて、真っ赤なハイヒールに爪先を差しこむ。高坂さんに足先をじっと見つめられて、なんだかぞくぞくする。自分の大切な何かを覗きこまれているような気分だ。

 ハイヒールを履かせた左足を、高坂さんは静かに床に下ろした。本当に履いているのだろうかと不思議に思うほど、ハイヒールは軽く柔らかだ。右足も同じようにオットマンから下ろされた。靴のサイズや形で苦労したことはない。私の足はモデルのようにすらっとしているのだ。

 なぜか高坂さんはオットマンを挟んだ両脇に左右の足を開いて置いてしまい、私は股を大きく広げた姿勢になってしまった。きっと高坂さんが少し視線を下ろせばスカートの中を覗けるだろう。けれど高坂さんは、真摯な瞳で私の目を真っ直ぐに見上げた。

「いかがですか」

 私は足を揃えて立ち上がった。まるで羽を履いているかのようだ。心の底から喜びが湧いてくる。その気持ちを抑えきれず、小さな部屋の中を歩いてみた。まるで大勢の家来を従えた女王になったかのような自信が湧いてきた。

 振り返ると、高坂さんがじっと私を見つめていた。熱っぽく粘っこい視線は、何か特別なものを求めている。よく見ると、高坂さんの股間のものが大きくなっているのが布越しにもわかった。高坂さんは真っ赤なハイヒールを履いた私に興奮している。

 私はソファに戻ると、ゆっくりと足を組んだ。高坂さんがゴクリと唾を飲む。

「どうかしら。この靴、似合ってる?」

「はい。とても、お似合いです」

 言葉の間にハアハアと荒い息が混ざる。私は見せつけるように足を組みかえる。高坂さんは私の足に釘付けだ。そんなに見つめられたことなどない私は、見られることの快感を生まれて初めて知った。

「他の靴も試してみようかしら」

 高坂さんの息がさらに荒くなった。

「かしこまりました。では、こちらは一旦、お脱ぎいただきます」

 私の足に触れる高坂さんの手が小さく震えている。私はその手から逃げるように足を動かした。

「でも、やっぱりこの靴が好きかも。あなたは、どう?高坂さん」

「はい。私も、お客様には真っ赤なハイヒールが良くお似合いだと思います」

「ねえ、高坂さん」

 私は高坂さんの鼻先にハイヒールの爪先を突き付けた。

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